当研究室では、
・解析ソフトを用いた「設計」
・クリーンルームでの「作製」
・計測機器群を用いた「評価」
という3つの一貫した研究開発プロセスによって、超伝導センサーの開発や計測システムの最適化、機能性高分子材料などの分光研究を進めています。
当研究室の目指すもの(図1)は、テラヘルツ光という暖かな日差しのもと、超伝導と顕微分光の融合によって新たなナノ計測技術を確立し、超伝導物理や高分子化学等の基礎科学研究のみならず、新素材開発(新奇超伝導や機能性高分子)などの応用研究により、ナノスケールの観点から物性の本質に迫ることです。
この目標を達成するために、以下に最近の主な研究テーマを3種ほど紹介していますので、是非お気軽にご覧頂ければと思います。
図1 当研究室の目指すもの
テーマ1:低温超伝導センサーを用いたテラヘルツ光ナノスコピーの開発
本研究では、高分子や生体材料などのソフトマテリアルの基礎物性分野に新たな分析手法を提案し確立すべく、テラヘルツ帯で動作する近接場顕微鏡技術(テラヘルツ光ナノスコピー)の創出を目指しています(図2)。具体的には、鋭く尖った金属探針を試料表面に近づけ、その局所から自然放出されたテラヘルツ光をフーリエ変換分光器で変調し、高感度の超伝導センサー(力学インダクタンス検出器)アレイで検出するシステムを構築しています。
この顕微分光イメージングシステムが実現すると、様々な機能性高分子や生体材料に固有の吸収スペクトル(指紋スペクトル)の起源解明や構造制御、新機能発現といった物性研究の新たな未来を切り拓くことが可能になると期待されます。
図2 力学インダクタンス検出器(MKID)を用いたテラヘルツ光ナノスコピーの概要
テーマ2:高温超伝導プローブを用いた走査トンネル顕微技術の開拓
走査トンネル顕微鏡(STM)とは、鋭く尖った探針(プローブ)を導電性試料の表面に近づけ、微小なトンネル電流を検出する装置です(図3)。圧電素子を使ってSTM探針を試料表面の近傍で移動(走査)することで、原子レベルでの電子状態や結晶構造などの直接観察が可能です。しかし、現存のSTM用プローブにはタングステンや白金イリジウムなどの常伝導金属が使用され、未知の試料表面を観察するといった研究が主流であり、「探針そのものを超伝導化すればどのような新たな知見が得られるのか?」という着眼点に立った研究は未開拓です。そこで本研究では、従来の常伝導プローブに換わり、高温超伝導体(YBCO)を用いたプローブの創製を目指しています。
本研究の超伝導プローブが実現すれば、超伝導(S)試料表面との距離をナノレベルで隔てることにより、真空(I)をバリアとした初の高温超伝導SIS接合となり、新たな物理研究やSTMの高感度化、さらにはテラヘルツ帯でのナノ顕微分光イメージングなどの新機能創出に繋がると期待されます。
図3 走査トンネル顕微鏡(STM)の概要
テーマ3: 機能性高分子のテラヘルツ分光研究
プラスチック素材の堅さやもろさ、加工性や粘性、生分解性といった機能性は、(素材の化学組成だけではなく)密度や分子量、分子構造や結晶化度などの高次構造によって決定付けられます。しかしこれまでのプラスチック診断では、目視による劣化度合い(変色や透明度)の観測、引張り強度や曲がり強度・せん断性などの機械強度を直接計測(破壊)するといった手法が中心で、「プラスチックの高次構造をどのように変えれば目的の機能が得られるのか?」という問いに応える非破壊・非侵襲の分析技術の確立が強く望まれています。そこで本研究では、広帯域のフーリエ変換分光器を用いて、ポリ乳酸をはじめとした様々な機能性プラスチックのテラヘルツ分光研究を推進しています(図4)。
この分光学的手法が確立すると、これまで出来なかった非破壊での機能性プラスチックの劣化解析や高次構造の解析への展開が期待されます(図5)。
図4 サンプル作製から分光評価に至る一連の流れ
ポリ乳酸の化学組成式とサンプル(左)、実験風景(中央)
結晶化温度の異なるポリ乳酸のテラヘルツ光吸収スペクトル(右)
図5 ポリ乳酸のテラヘルツ分光に関する最近の成果
(英国王立化学会 Materials Advances の雑誌カバーに選出)
https://pubs.rsc.org/en/content/articlepdf/2021/ma/d1ma90073k